日向灘地震と南海トラフ地震と宝永地震

 江戸時代の宝永地震(1707年)はマグニチュード(M)9だった東日本大震災級の南海トラフ地震だったという研究がある。

南海トラフ1


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 宝永以外のいくつかの南海トラフ地震はM8級で、東海沖から四国沖であったとみられている。これらに比べ、宝永が大きかったのは、高知沖よりさらに西側の海域で起きる日向灘地震が連動したからではないかという見方がある。

 日向灘地震の震源域の大分県佐伯市の龍神池の堆積物から、宝永の際に発生した津波によると考えられる砂層が確認されている。

 日向灘地震は活発で、今月2日に最大震度4の地震が起きたように、毎年1回は震度4の揺れを記録する地震が起きている。これらの地震はM5級だが、ときおりM7級の地震がある。その場合、震源域周辺の九州や四国の陸地では相応の被害が発生している。

 M7級といっても被害パターンは2通りあり、M7・5を超えると、津波による被害が顕著だ。こうした歴史を反映し、政府の30年以内の地震発生確率は「M7・6級」と「M7・1級」を示している。

南海トラフ2


 これまで最大の日向灘地震は江戸時代初期の1662年に発生。水没した集落の名から「外所(とんどころ)地震」と呼ばれる。この地域は50年ごとに供養塔をもうけ、戒めとしている。宮崎市の「一葉(ひとつば)稲荷神社」には「津波に襲われた集落(神社)を白ウサギが波をけって守った」という伝承があり、木彫りの装飾や開運守りにその様子が描かれている。

 日向灘地震をめぐっては、南海トラフ地震の発生間隔に影響を与えるという研究もある。実際、1944年の東南海、46年の南海地震の前の41年に日向灘地震が起きた。これら東南海・南海地震は1854年の安政地震の90年後であり、安政以前の発生間隔が100年以上であったことをみれば短い。

 熊本地震が日向灘地震に影響するのではないかとみて観測を強化した地震研究者グループもあり、日向灘の地震活動に注目することは、南海トラフ地震に備えるひとつの指標になるといえるかもしれない。

引用元:livedoor NEWS

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